では、3つ目の室町幕府も尊氏が建造したのですか?
3つ目の室町幕府は、足利義満が建造しました。
3つ目の室町幕府は、第三代将軍足利義満が1378年に、消失した仙洞(せんとう)御所近辺の土地に造営しました。東西は烏丸小路(現在の烏丸通)から室町小路(現在の室町通)まで、南北は北小路(現在の今出川通)から毘沙門堂大路(現在の上立売通)までの敷地であったといいますから、現在の京都御苑のちょうど西側に、広大な敷地を備えていたことになります。
この幕府は足利氏の邸宅を兼ねており、その権力を誇示するような様相を備えていました。庭には鴨川から水を引いて池を作り、四季の花を植え、たびたび天皇や貴族を招いて遊宴が行われました。俗に「花の御所」と呼ばれるのは、この絶えることのない花の様子からだといえるでしょう。
応仁の乱の際には仮御所として天皇を迎え入れたこともありましたが、1476年、近辺に放火が起こった際にほとんどの建物が消失してしまいます。再建は試みられたものの幕府としての機能が元に戻ることはなく、将軍は近隣の武将の武将を頼って各地を転々としたようです。
その後京都に平安が戻るのは、豊臣秀吉の治世になってからということになります。